
人体の骨は血流と骨芽細胞の働きで自然治癒します。一方、歯はエナメル質・象牙質という無血管の硬組織が中心で、破折しても自ら再生して元に戻ることはありません。ひび(クラック)が入ると徐々に広がり、細菌が侵入して歯髄炎や歯周組織の破壊へ進行する点が、骨折との決定的な違いです。破折の位置や方向によっては、残念ながら抜歯が最善となる場合もあります。
起こりやすい原因
- 大きなむし歯や古い修復物による歯質の薄さ
- 根管治療後の歯(失活歯)は水分が減り脆くなる
- 過度に太い金属ポスト・不適合な被せ物
- 外傷(転倒・スポーツ)
主な症状と診断のポイント
- 噛むと鋭い痛み、外すと痛みがスッと引く“咬合時痛”
- 温冷痛・しみる感じ、噛むと歯が浮く感じ
- 歯肉の限局した腫れやJ字型に深い歯周ポケット、瘻孔の移動
- レントゲンやCT(CBCT)での根周囲の透過像、破折線の示唆
- 色素・顕微鏡・トランスイルミネーション等でのクラック可視化
破折のタイプ

- 歯冠の亀裂(クラックトゥース):歯の上部に微小なひび。
- 水平根折:根の中間~根尖で水平に折れる。外傷で多い
- 斜め・縦の歯根破折:根の長軸方向に割れる。細菌が根の深部に達しやすく、最も予後不良。
治療の選択肢
保存的対応(軽度の歯冠亀裂)
- 咬合調整、接着性レジンやクラウン/アンレーで歯を“抱える”ように補強。
- 夜間はナイトガードで負荷軽減。
根管治療+補綴
- 亀裂が浅く髄腔に達しない、あるいは水平根折で位置が安定する場合に適応。
- 適切な根管治療とファイバーポスト+接着支台、フェルール確保によるクラウンで保存を図る。
外科的選択(限局破折)
- 大臼歯で一部の根だけに破折が限局する場合に検討。
- ヘミセクション(下顎)やルートアンプテーション(上顎)で破折根を除去し、残存根で機能回復。
- 症例選択と術後の清掃性が鍵。
意図的再植
- 抜去して破折部を処置・封鎖し再植する方法。
- 短時間乾燥・確実な封鎖・適切な固定が成功の条件で、適応は限定的。
抜歯+欠損補綴(縦破折・広範囲破折で予後不良)
- インプラント:
顎骨条件が良ければ咀嚼効率と審美性に優れる。 - ブリッジ:
隣在歯の状態が良く、支台歯形成を許容できる場合。 - 部分義歯:
複数歯欠損や骨量不足などで有用。
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抜歯は最終手段だが、感染源を除去し骨や隣在歯を守る観点で適切な判断となることがある。
予後と再発予防
- 早期発見・早期封鎖が最重要。痛みの波や咬合時の違和感を放置しない。
- 過大な咬合力のコントロール(ナイトガード、姿勢・ストレス要因の見直し)。
- 適切な材料選択と設計(フェルール確保、ファイバーポストの活用、接着の遵守)。
- 定期メインテナンスで噛み合わせ・歯周状態・修復物のチェック。
まとめ

骨は自然治癒が期待できますが、歯は自己修復しません。破折の位置・範囲・汚染の程度によって、保存から外科、そして欠損補綴まで選択肢は変わります。違和感が続く、噛むと痛む、歯肉が局所的に腫れる――そんなサインを感じたら、早期の診査が歯を守る近道です。三代歯科医院では、顕微鏡・CTを用いた精密診断と、患者様の生活背景も踏まえた最適な治療計画をご提案いたします。